第3回天上天下唯我独奇書読書会開催のお知らせ

第3回天上天下唯我独奇書読書会開催のお知らせ

 

こんばんはNicoです。日曜昼、東京は本郷で第3回奇書会を開くことをここにお知らせします。第1回『匣の中の失楽』、第2回『アラビアの夜の種族』に継ぐ第三奇書は、これ(ら)だ!!

 

第3回天上天下唯我独奇書読書会

日時:2016年5月22日(日)11:00~14:00

場所:本郷三丁目本郷通りの喫茶店「BON ART」(11:00~12:00)

           本郷三丁目本郷通りの喫茶店「NIKKI」(12:00~14:00)

課題奇書:高橋源一郎

     『ジョン・レノン対火星人』(講談社文芸文庫ほか、発表1985年)

     『優雅で感傷的な日本野球』(河出文庫ほか、発表1988年)

 

初期高橋源一郎の、奇書と呼ぶには少し短いけれど、でもいずれ劣らぬ傑作を二本立てで。優雅で感傷的な奇書ファンの皆様、奮ってご参加ください。参加希望の方はTwitterで@bachelor_keatonにご連絡をどうぞ。

なお、読書会中にホールケーキを食べる場合があります。ホールケーキの持参はご遠慮ください。

 

(5月21日追記)

 当初は3時間すべて「NIKKI」で行う予定だったのですが、「NIKKI」は2時間制で日曜11時は開店準備中のため、開始から1時間は向かいの「ボンアート」を使う二本立てに変更しました。遅れて12時以降来られる場合は直接「NIKKI」にお越しください。「SUBARASHI NIHONNO SENSO」の誕生会は「NIKKI」で行います。

 あと、開催者特権のお題を出すの忘れていたのでここで。

 

  「このテーマなき断片小説のテーマは何か?」

 

 それでは明日お会いしましょう。

「瞑想&独走」

瞑想(メイソウ) & 独走(ディクソウ) ―ビッチンガー牧師日本遠征私記

                     

「これを見ると一層あの時代が、―あの江戸とも東京ともつかない、夜と晝とを一つにしたやうな時代が、ありありと眼の前に浮んで来るやうじやありませんか。」(芥川龍之介「開化の良人」)

 

    □ □ □ □ □ □ □

 オシロスコープのグラフがブウンと鳴って棘波(スパイク)を生み出し、それから揺れるのをやめた。音声入力がなくなったのだ。<ホワイト・ビジテーション>の午前三時。

―それが俺の曽祖父(ひいじい)さんの話さ。

―あんたの曽祖父(ひいじい)さんの話なんかじゃねえ。ほとんど出てきてないじゃないか。その何とかって二人が主人公だろう。曽祖父(ひいじい)さんはよく覚えてて話すのが上手かったただけだ。

  ロナルド・チェリコークは新しい器具をクランケに装着しながら聞き流した。人間目隠しされると威勢が良くなるのはどこか滑稽だ。それにしても俺は話しすぎた。今何時だろう?彼は拘束されて椅子に座っている男の軍服の名札を一目で読んだ…ビッティンガー。チェリコークは跪いて男の手を握るだろう、その一瞬の後、いつものように電場と磁場の二重螺旋のただ中に彼は巻き込まれ、彼自身は光となり、男の記憶へと…。

  ―じゃあ俺も曽祖父(ひいじい)さんの話をしてやろう。奇しくも同じく牧師ときてるが、残念ながらこっちはほんとの主人公だ。あんたの研究所の機械、まさか日本製か?

  日本人(ジャップ)のポンコツは使わない、とチェリコークは答えた。男は心を読まれまいと何でもいいから話し続けているだけなのだ。ビッティンガー准将、ならず者みたいな喋り方をするのはよしたまえ。男は無視して喋り続ける。前歯が抜けていて笑っているように見える。

  ―日本での冒険の話だ。トージョーがまだ生まれてなかった時代だな。

  ―そんな話はいいから、リューベックで起きた事を話せ。

 あるいは思い出すかだ、とチェリコークが手に触れようとすると男は突然坐り直した。アイマスクの奥の目でこちらを捉えて話す。その様はさながら笑う骸骨のよう。

「そう言わずに聞けよ。それとも肩慣らしに、俺の話の中にトリップしてみるかい?…」

 

   □ □ □ □ □ □ □

 さっきから松原を通ってるんだが、松原というものは絵で見たよりもよっぽど長いもんだ。E.C.ビッティンガーは艦内でジョーンズに見せられた中国(シナ)の賢人の絵を思い出す。数本のくねる松と老人。光の使い方が絶妙なんです、と自分も光に関しては専門家(エキスパート)(「奴さん、黄道(ゾディアック)光で艦長をたぶらかしたんだ」とは下品な船員たち十八番の冗句(ジョーク))のジョーンズ牧師は目を細めて語っていた。成程見事と頷かれる部分もあるが、マサッチョの壁画を見るためにアッシジを素通りしてフィレンツェの聖母(サンタ・マリア・)新(ノヴェッラ)聖堂に赴いたこともあるビッティンガー氏としては、輪郭があまりにも弱すぎるし、彩色も薄すぎる。主役のはずの老人もそれを意識しているのかいないのか、賢哲らしからぬ存在感の稀薄さで、あるかなきかの笑顔を浮かべて牧師二人を見ているのみ。―レンブラントの自画像は、と喋ろうとしたビッティンガーは、その束の間の一瞬己の輪郭を取り戻した賢者と目が合い、背筋が凍る思いをした。神の恩寵(グレース・オブ・ゴッド)無かりせば、と遠い昔神学部の講義で聴いた一節が頭をかすめる。やれやれ、東洋(オリエント)にはまだ慣れそうもない。

 まだ初春(三月十四日)だというのに、青空は馬鹿馬鹿しいほどに高く晴れている。道だけはいつかの雨が残っているのかまだ少し泥濘んでいて牧師の二色革靴(サドル・オクスフォード)を汚しているが、散歩にはうってつけの気候といっていい。あるいは日本(ジャパン)では一年中こんな陽気が続くのだろうか、と牧師は頭の中にきちんと畳み込まれている地理学の知識を取り払って夢想してみた。ずっと右手に見えている海―あれが本当に太平洋なのか?―にしても、楽園の湖を思わせる外見上の温かさを慎ましく誇っている。僕はアダムだ、と牧師は子供らしい夢想を小さく声に出してみさえした。我が名はアダム、目下東洋(オリエント)の楽園に滞在中。我三十有五にして未だイーヴと出会わず、以て瞑すべし、アーメン。

 うぇーんうぇーん、と甲高い泣き声がして牧師は現実に引き戻された。振り返るとたった今擦れ違った女の背中で赤ん坊が盛大に泣いている。地味な紅紫(マジェンタ)の着物(キモノ)を着た母親はビッティンガー氏が振り返っているのを意識して、隠れるように道の脇にうずくまり赤ん坊を包んでいた襷を解いているが、四足歩行時代から二足歩行時代に入ったばかりの兄の方は異人(エイリアン)である自分に興味津々といった御様子で、母親に手を引かれながらも度々こちらを振り返る。それならばとビッティンガーは大道芸人(ヴォードビル)のように大袈裟な一礼をしてみせたが、相手の小さな紳士は理解していない印の笑顔を浮かべたまま母親に握られていない方の手の親指を口に持っていったのみ。牧師は仕方がないので泥濘の上で覚束なげなタップを一度踏んでみせ、また前進に戻ることにした。あの女は子供に乳を飲ませるのだろう。松の下に腰掛けていた旅人の視線が一斉に異なる方向(ベクター)を向く。牧師とて通りすがる人々全員に見られている気がするのはあまり良い気分ではないが、かといって今更戻る気にはなれない。「万事順調かな(エブリシン・オーライ)、牧師殿(レベレンド)?」と、いつも計ったように背後から声をかけてくる艦長の恰幅の良い姿(牧師は直属の部下の間で艦長が「あのブタケツ野郎!」と形容されているのを耳にした)が目に浮かぶ。部署無断離脱(A W O L)どころか、どんな罪に問われるともわからない。

   街道の松並木はようやく朧気になり、牧師は再び繁華な宿場町(シティ)へと出た。看板には墨で黒々と塗られた漢字、通りには賑わう人々、その彼等が一斉に自分に視線を向け、瞬間の遭遇(インパクト)の後次々に一次独立の方向(ベクター)へ散乱していく。逸らしておいて忍び笑いをする。民衆の間では攘夷(クセノフォビア)の風潮が根強いと噂で聞いていたが、もっと悪い―黒人劇(ミンストレル・ショー)の俳優だ、と牧師は昨日、高級士官達が幕府の役人に見せるためか顔に胴乱(ドーラン)を塗り、流石化華(サスケハナ)号の甲板で歌いながら茶を運ぶ「訓練(ドリル)」をしていたのを思い出した。

 

おお肅淑慎(スザンナ)! 哭くのはおよし  

Oh! Susanna, Oh don't you cry for me,

俺は加利福尼亜(カリフォルニア)へ 皿(ボウル)を膝に載せ 

I'm bound for California with my washbowl on my knee. 

 

 ビッティンガーはどうも落ち着かない。万一の用心と思って牧師服の懐に忍ばせているため時々胸に当たる土耳古(トルコ)の短剣をかざしてやったら、自分を好奇の目で見ている東洋人達はどんな表情を見せるだろうか?―短剣はもちろん造り物、密士矢比(ミシシッピ)号のウィリアムズに貰った土産物だ。そのロバートも死んでしまった。しかもこんな遠い異国の地で…何を言う、お前が最期を看取ったんじゃないか!そしてジョーンズが埋葬した。牧師は短剣を十字架から遠ざけるため、誰にも見られぬよう事を運び、無事ベルトに挿すことに成功する。遍在する神に場所の観念はないはずだ。だがそれはオッカムによって批判された説にあらずや?煎餅(フーガス)売りの少年が甲高い声で商売文句を宣い、隣の店先を冷やかしていた客が押し寄せて我も我もと手を差し伸べる。牧師は断固として自分も食することに決めた。俺は(もしかすると)日米間の国法を犯した大罪人となってまで居留地の外を見たかったんじゃないのか?どんどん楽しまないと損だ。それに施し(チャリティ)は受け手がいないと施す側が間抜けに見えてしまう。こういう場合は施されるのが真の慈善(チャリティ)であって、徳に軽重はない。

 彼は以上のような考えをめぐらしなおかつ日本人(ジャポネ)の中にあっては犯罪的な程のスピードで下肢を酷使して歩いていたので、一口に押し込んだ煎餅(フーガス)の色や形をほとんど意識しなかった。海老と生姜(ショウガ)と、それから―魚醤(フィッシュ・ソース)か?とにかく食べたことのない物の味がする。おーいビッティー、旨いじゃないか、コツは何…いやその前に、どんな形の料理だったんだ? 教えてくれないか。振り返ると売り子の少年の周りには人だかりができていて、しかも何やら半紙のような札を煎餅と一緒に配っているようだ。幟には陸亀(トータス)の甲羅の文様が描かれ、漢字が添えられている。一種の民間宗教だろうか、とビッティンガーは思った。いずれにせよもうあそこに戻るのは面倒だ、と思った途端牧師は急に買い物がしてみたくなった。財布は下士官(コマンダー)に預けて来てしまったが、胸ポケットを探ると墨西哥(メキシコ)銀貨がある。

 彼は歩きながら墨西哥(メキシコ)銀貨を手の平の上でじゃらじゃら遊ばせているうちに、混ぎれ込んでいた3セント銀貨の六芒星を見つけた嬉しさで銀貨(メキシカン)を一枚落としてしまった。見せ台で鶏を焼いていた女将が、裏返す手を止め通りに出てきて拾おうと身を屈める。

「控え居れ、」もちろんビッティンガーには解る由もないが、差し出す手を空中で止めた女将の怯えた態度ゆえ、そのような内容と想像される怒声。

 声の主はと見ると、左程裕福とは見えぬ麻の衣を着た四十がらみの男。髪はもちろんあの珍妙な武士(サムライ)の髷(まげ)ではなく、伸びるに任せたような蓬髪である。男は女将を手で差し止めて自分が身を屈め、銀貨を拾ってビッティンガーに差し出す。

「どうぞ(ヒア・ユー・アー)、」やや硬いが明瞭な発声であった。ビッティンガーがやや気後れしながら礼を言うと、滑稽(ユーモア)を解す者の眼と口元で一瞬こちらを見つめ、身を翻して人波の中に消えていく。女将も呆然と男を目で追っている。武士(サムライ)でもない男に白昼怒鳴られたのが余程衝撃(ショック)だったのだろう。確かにあの男の態度は無礼だった―と、ビッティンガーは足を止めた。間違いない、彼は一度前にあの男を見たことがある。

 だが何処で?もちろん居留地の外に住む人々と曲りなりにせよ会うのはこうして今日が始めてである。ならば居留地内か、もしくは戦艦の中―、とすれば役人か通詞(インタープリター)、いずれにせよ幕府の役人ということになる。考えてみれば、国を鎖ざして何百年も経つこの大君(タイクーン)の国で、普通に暮している町人の一人があのような正確な英語を話すわけがない。ならばなぜ、先程の男は髷を結っていなかったのか…?

 ビッティンガーは左手に神社を見つけると、走って階段を数段駆け上がって、鳥居の下で急に振り向いた。―賑やかな人の波、遠景には海。牧師は注意深く周囲を見回しながら階段を降り、再び街道に沿って精力的な前進(プログレス)を始める。今慌てて俺から視線を逸らした人間がいた、ように思う。自分は監視されているのだろうか?だがそれならばなぜ捕らえない?なぜ寸胴の提督(アドミラル)の前に引き立てていかない?

 牧師は日本に来て会った東洋人(オリエンタル)の顔を思い出そうとした(東洋人の顔は似ていて見分けが付かない、というのは造化の美を本気で讃える気のないものの言い草であり、「神の御業(アクツ・オブ・ゴッド)」の批評家を自任する自分にはそうは思えない、というのが牧師が良くする自慢の一つだった)。自分が会った通詞(インタープリター)は二人だが、さっきの男は何れとも似ていない。では役人か?神聖なる三位一体を表すような詰め草(クローバー)の家紋を刻んだ兜(キャップ)を決して脱がず、押し黙って船内を見学していた、老いた外交官達―。

 そもそも彼はどうしてこんなにも容易く居留地の外に出られたのか?亜米利加(アメリカ)側と日本側、二重の警備を突破する隙が見つかりそうになければ、幾ら好奇心旺盛なビッティンガー氏とは言え斯くの如き小旅行(エクスカージョン)に乗り出しはしなかったろう。二世紀半に亘って続いている鎖国亜米利加(アメリカ)が打開できるかどうか、そのためには一つの揉め事(トラブル)も起こしてはいけないというこの張り詰めた局面に、その時偶々警備が手薄になって、牧師が付近で海苔を採っていた小舟を呼び―あの真っ黒な肌の、何も解らぬまま俺を親切に岸まで運んでくれた、愛すべき二人の漁夫(ペテロ)!―、乗り込み、時には漕ぐのを手伝うのを誰一人として見咎めなかったのだ。なんと出来過ぎた話ではないか!牧師は自分が何者かの作為の下に動かされているのを感じた。もしや、「病死」として処理されたロバートの死もまた…? しかし動かしている者が誰であれ(大君(タイクーン)であれ、帝(ミカド)であれ、彼理(ペルリ)であれ)、駒であるビッティンガーの役割自体は変わらない。このまま街道を辿り亜米利加(アメリカ)人として初めて江戸(エドー)に入ることだ。

 牧師は自分が素晴らしく海を見晴らせる場所を通っているのに気付いて漸く内省から醒めた。彼は無意識の知覚の蓄積(メモリー)から、自分と擦れ違ったり追い抜いたりする駕籠の数が不自然に増えていることを引き出した。しかもそのどれも駕籠かき(キャリアー)が彼の方を見ないように努めている。だが今これ以上動きを見せて、相手に悟られたと知らせるのは不利だし、何の必要もないことだ。何も気付いていないかのように行動しよう、そして≪若人ヨ、今ヲ楽シメ≫。

 ビッティンガーはあの美味であった煎餅(フーガス)の薫りを再び嗅いだ。もうさっきの宿場町からは大分離れているが―。しかし錯覚ではなかった。彼はカナンの地を発見した者のように歓喜に震えながら、その平屋の店先に堂々と掲げられた看板の字を読んだ。

   「ゆうせ→」

 憑かれたる牧師は勿論これらの平仮名を理解することも発音することも出来なかったが、その文字配列の美を誰よりも深く鑑賞し、三つの文字によって調合された霊薬(ネクター)を咽喉の奥まで飲み乾した。何という力強さ!何という曲線美!最初の文字は(彼は左から右に読んだのである)恰も恥じらう女子の如し、二番目の文字は恰も妙なる音符、或は万物に救済をもたらす彼の積分(インテ)記号(グラル)の如し(これはこの店の主人の筆遣い(カリグラフィー)による幸福な錯覚か)、そして最後の文字は、これは当に女性と統一性に向って十字架を運ぶキリストその人の御姿ではないか!そして横に添えられた矢印は、イエスに倣えの教説を象徴している。ああ(アラス)!牧師は感激の余り矢印に従って、開け放しにも関わらず仄暗い店の中に入って行った。敷居を跨ぐ時、この矢印も何者かの罠ではあるまいか、との疑いが脳裏を過ぎったが、しかしそこでもう一度考えて仮令(たとえ)今日の彼の行動全体が他者の陰謀(コンスピラシー)の内であってみても顕現(エピファニー)に触れた感動は消えず、否一層高まるばかりと思えたので、牧師は馥郁とした香りの中に身を浸し自らに洗礼を施しに行った。

 らっしゃい、と腰を上げ出迎えた店主は吃驚(びっくり)仰天(ぎょうてん)、笑顔を静かに押し殺しながら後退り(あとずさり)するのがやっとの心境。代わりに応対したのが長崎生まれで当地に売られて来た鸚鵡君(ぎみ)で、「あーら、異人さん、久しぶりね~」とばかりに唄い出したるは高名なぶらぶら節、

 

 遊びに行くなら花月か中の茶屋

 梅園裏門たたいて丸山ぶーらぶら

 ぶらりぶらりというたもんだいちゅ

 

 牧師は墨西哥(メキシコ)銀貨を卓袱台に並べ、店の奥で今まさに竹の管から滴り落ちて来る聖性を湛えた液体との取引(イクスチェンジ)を手真似(ジェスチャー)で提案した。同国人相手ならば相当頑固と見える主人は、震々(ぶるぶる)と首を振るばかりで、―夷人(エイリアン)には、醤油(ソイ・ソース)など売らん!

「そこを頼む、私はこの香りに魂(ソウル)を奪われたんだ…なんならこれと交換(イクスチェンジ)しても良い」

 ビッティンガーは牧師服を捲ってベルトに挿した土耳古(トルコ)の短剣を見せたから大変、虐(ぎゃぁ)っとばかりに主人は奥の間に引っ込み、障子を閉めながら手近に在った二朱金を震える手で差し出した、―こ、これで帰(けえ)ってくれ!

 牧師は不審に思ったが、二朱金の表面が剥げて略(ほぼ)銀地金と同じ劣悪な状態に在る事、及び手近の五寸釘に見事に磨き込まれた天秤衡(てんびんばかり)が掛かっているのを見出して、ははーん(アイ・シー)と納得、片側の皿に二朱金を載せ、もう片側の皿に銀貨(メキシカン)を段々と積んで行った。長期に亘り大豆計量の際主人と同盟関係(パートナー・シップ)を築いてきた正確無比の天秤は、仲々両皿の実質(サブスタンス)の同等性を認めようとせず、二朱金に腕を下げた儘拷問を受ける背教者の様に痛々しく揺れている。

 ビッティンガーは六芒星の刻まれた3セント銀貨を持っていた事を想い出し、また遙か昔に聴講した神学部の授業の一節、亜米利加(アメリカ)人らしからぬ程体格の貧弱だった教師の声が耳に蘇えるのを感じた、―ニコラウス・クザーヌスは≪信仰ノ平和≫ノ中デ述ベテオリマス、「一性は相等性から、相等性は一性から分離されえない」ト。ソシテコレラヲ結合スルモノ、ソレガ―愛、である、と。此処に自分が居て、彼処に怯え切った親爺が居る。我々は信仰も外見も異にしているが、同じ人間である。勿論「人間」なる普遍の存在は極めて疑わしいし、そのような名辞は唯名論的(ノミナリスティック)に考えられる可き代物だ。しかし唯一つ確かなのは―牧師は六芒星を皿に載せた、―若し「人間」なる普遍が可能であるとすれば、それを可能ならしめる物は愛である。そして神とは対立物を一致させ「三」を可能とする存在だ。

 天秤衡は完全に静止した。

 二朱金を掴むビッティンガーの指は震えていたが、表情は非常に穏やかだった。牧師の錯覚の中では、主人も涙を堪えている、…いや実際に堪えていたのかも知れぬ。―この籠を開けてくりゃんせ、妾(あたい)を出してくりゃんせ、と喚く鸚鵡を残し、牧師は最後にもう一度神の薫りを吸い込み、一礼して子安村の醤油屋を後にする。

 

            □ □ □ □ □ □ □

 牧師はもう幕府やマシュー・カルブレイスの陰謀(コンスピラシー)など気にしなくなっている。醤油屋を出ると直ぐ密偵が尾行に付くのがわかったが、振り返りもしない。彼は流石化華(サスケハナ)号に乗る予定だった或る作家の小説―毎度の事で何という題名の本かは忘れてしまった、只彼等としてみれば船員仲間だったら友達になれたか如何(どう)かが気になって回し読みしているだけなのだから―の語り手の様な気分だ。彼の日本での小旅行など、神が書いた劇では亜米利加(アメリカ)大統領選挙と阿弗岸(アフガニスタン)での戦争との間の幕間(インターバル)に過ぎない。そしてそれがどうだと言うのだ。<道>は其自身が動いているかのように真っ直ぐ伸びている。牧師は遅かれ早かれ終点に到着するだろう。

 彼は江戸(と言っても、かなり辺境なのだが)を対岸に挟んだ六郷川まで到着した。渡し守の船頭を見て、ビッティンガーは旅の出発点になった二人の漁夫(ペテロ)を想い出した。―太陽も夕陽に近くなっているが、ジョーンズは黄道(ゾディアック)光を観測できているのだろうか。確かに<道>が伸びて行くのを感じる。ビッティンガーは渡し守に交渉に行く。

 牧師が江戸に着いていたら、―せめて江戸の岸にでも達していたら、日本(ジャパン)と亜米利加(アメリカ)は六年早く修好通商条約を締結していたかもしれぬ。ビッティンガーは此の地で愛する妻と出会い、一生亜米利加(アメリカ)に帰る事は無かったし亜米利加(アメリカ)で死ぬこともなかったかもしれぬ。そして此の地は、何時までも夜(よる)と晝(ひる)が拮抗しながら釣合いを保つ世界に成っていただろう。

 ―不可(いけ)ませんよ、と背後から声がした。提督(アドミラル)とその取り巻き共かと思ったが、彼ならもっと流暢な英語を話すに違いない、と判断した瞬間、牧師は脱兎(ラビット)の如く走り出した。後から草鞋を履いた大勢の日本人(ジャポネ)が追って来る。

 ビッティンガーは堤の芝生を尻で滑り降りた。尻が熱いのと、草の焼ける匂いがする。川の水面と同じ高さに目が来た時、視界にあの蓬髪の男が立ち塞がった。表情には同じ滑稽(ユーモア)が浮かんでいるが、服装は麻の衣でなく、将軍(ショーグン)家の家紋が入った着物(キモノ)を着ている。

 ―成程、君等こそが三位一体の体現者って訳かい、ええ?

 ―ミスター・ペルリから書状が届いています。貴君は両国の国法を犯しています。居留地を無断で出ていますし、条約締結前に交易を行いました。あと、部署無断離脱(A W O L)です。

 彼等の脇では(英語が解らないので)部下達がビッティンガーの今後受ける苦難について面白半分に喋り合っている。そこに牧師の蓬髪の男への茶化し半分の説教が重なる。

「彼理(ペルリ)はどう処分を下すのかねえ、奴さん亜米利加人にも厳しいのかしら」

「…君に神なんて説いたのが間違いだったよ。君はしたこと無いだろう(ユー・ネヴァー・ディド)、その(ザ)―」

「剣呑さ(ケノーシャ)、屹度(キッド)。」

 

 

「横浜へ上陸致し候異人の内一人、昼九時過、同所より陸通り当所へ罷越候につき見物人大勢駆け集り候間、下役同心差出し相制し候よう仰渡され候間、岩附恵十郎、吉沢仙右衛門差出候ところ同夜五時頃引取り来たり。右異人は士官の内ベッヒンジャルリと申すものにして、江戸の方を指差し早足に歩行、浦賀与力通詞等、差留め候えども聞入れず、その上子安村醤油渡世海保と申す方に立入り、その身所持の銀銭を差出し通用金と引替くれるよう手真似いたし立去らず罷在り候につき、壱分銀一つ見せ候ところ、理不尽に懐に入れ、それより六郷渡場へ罷越し、是非渡船差出候よう再応、仕方[手真似]いたし候えども、その以前に船残らず江戸の方へ岸へ払置き候ゆえ、致し方なく大師河原の方へ参り、大師堂に参詣いたし、塩浜羽田あたり立花家御固の様子一覧、六左衛門渡へ参り、またぞろ船差出し候ようにと仕方いたし候えども、取合わず候ところ、帯剣を抜き威し候てい致し候えども、差し構わず候ところ、漸く元の道へ戻り候内、森山栄之助追い駆けまいり候に行き会い、同人種々申しさとし、生麦村より船に乗せ元船へ送り遣わし候。」(町奉行支配組与力御用日記)

 

(了)

『匣』再読のしおり(続き)

<四章>(※真沼は失踪、雛子両親死亡)

1 ナイルズ・ホランド・曳間・根戸・羽仁・布瀬・影山@新宿御苑 8/16(木)

  『密』三章まで朗読される(700枚以上)

2 甲斐・曳間@甲斐の部屋

  甲斐、死体となった杏子の油絵を描いている。『密』の意図をめぐって

3 杏子@久藤邸 8/18(土) 10:53

  杏子、ナイルズとの情事を回想。何者かから呼び出し電話

4 影山・羽仁・根戸・曳間・布瀬・ホランド・ナイルズ・曳間・雛子@曳間の下宿 8/21(火)

  曳間の推理(推理Ⅳ-①)=真沼消失は布瀬以外の共犯

5 9人@曳間の下宿 同日夜~8/22朝

  根戸と影山、夜中に起きて「四時十分」の時計を目撃

  翌朝、曳間に倉野が殺害されたと電話が入る

6 倉野・甲斐@甲斐の部屋 8/21(火)夜~翌日朝

  甲斐、0:30~5:30何者かに電話で呼び出される

  第四の殺人(倉野@甲斐の部屋)、横のアトリエが密室状態

7 死亡推定時刻は夜2:00~5:00と判明

  杏子、皆に青森に引っ越すことを報告

8 ナイルズ・羽仁・根戸・影山・布瀬・曳間@黄色い部屋 9/2(日)17:00

  羽仁の推理(推理Ⅳ-②)=時計は実は「二時二十分」を指していた

  布瀬の推理(推理Ⅳ-③)=合鍵はその場で作られた

  羽仁の推理(推理Ⅳ-②)つづき=ウースティーティー

9 甲斐、9/3()事故死

  ホランド・影山@遊園地 9/7(金) 風鈴の謎→影山、姿を消す

  ホランド・ナイルズ・羽仁・布瀬@白い部屋 9/9(日)

10 ナイルズ・ホランド・羽仁・根戸・曳間@曳間の下宿 9/13(木)

  根戸の推理(推理Ⅳ-④)=推理Ⅳ-①は不徹底、曳間は真沼の復讐をしており、倉野殺害は曳間の犯行

  曳間の推理(推理Ⅳ-⑤)=扇風機と風鈴

 

<五章>(※曳間・雛子両親・ホランドは死亡、真沼は失踪)

1 根戸・甲斐・ナイルズ・羽仁・倉野・布瀬@白い部屋 8/25(土)

  『密』四章まで朗読される

2 根戸・羽仁@羽仁の実家 同日 ホランド殺害について推理

  根戸の推理(推理Ⅴ-①)=犯人はナイルズと入れ替わったホランド

3 布瀬・雛子@羽仁の実家

  雛子の推理(推理Ⅴ-②)=死角説

4 布瀬の推理(推理Ⅴ-③)=擬態説

  第五の殺人(倉野@羽仁の実家)

5 8/26(日)影山も加わる、倉野の体内から鍵発見

6 根戸・杏子@黄色い部屋 8/28(火) ラプラスの悪魔

7 9/1(土)甲斐失踪

  根戸の推理(推理Ⅴ-④)=曳間は倉野と間違って殺された、暗号を解釈すると殺人予告に →影山、姿を消す

8 根戸・ナイルズ・羽仁・布瀬@黄色い部屋 10/5

  布瀬が曳間の手帳を見せる

  ナイルズに送られた雛子の推理(推理Ⅴ-⑤)

9・10 ナイルズの推理(推理Ⅴ-⑥)

    甲斐の自殺死体見つかる

 

<終章>

1 根戸・ナイルズ・羽仁・布瀬@甲斐の葬儀帰りの列車

  布瀬の推理(九星)、根戸の推理(血液型)

2 羽仁・布瀬・ナイルズ デジャヴの詩、真沼は生きている?

3 根戸・羽仁   根戸の推理

4 ナイルズの独白 不連続線

『匣』再読のしおり

竹本健治匣の中の失楽』(1978)内容整理

 * 重大なネタバレを含みます!読了後にお読みください!!

 * 人物は原則として各場面登場順に記載、時刻は24時間制に変換して表記しています。

 

 

<序章>

1 曳間の独白    不連続線

2 根戸・真沼    既視感

3 倉野・雛子・甲斐 碁・三劫 7/1

4 羽仁・布瀬・ナイルズ・ホランド@黒い部屋 7/13

  ナイルズの小説執筆宣言、影山の暗号(四波羅蜜)

 

<一章>

1 倉野@倉野のアパート 7/14(土) 15:05(異常な暑さ)

       第一の殺人(曳間@倉野のアパート) 、ブーツの消失

2 倉野による現場検証

  死亡推定時刻12:00~12:30と判明

3 倉野・羽仁・根戸@白い部屋 7/16(月)昼(気温急激に下がる)

  倉野、刑事の取り調べにブーツのこと黙秘。橘の花脚色

4 倉野・羽仁・布瀬・ナイルズ・ホランド根戸・真沼・雛子@黄色い部屋

  7/17(火) (甲斐は金沢の曳間葬儀に出席のため不在)

  数字の5、人形の眼、水底の世界 → 各自のアリバイ調べへ

5 布瀬@目白「ルーデンス」 7/14(土) 11:10~15:15

     ナイルズまたはホランドを現場近くで目撃

6 ホランド@白金の公園 7/14(土) 11:57~12:30

  何者かに手紙で呼び出される、薔薇、「誰が風を~」を唄う老人

→ ホランド根戸根戸のマンション 同日13:30~14:30

  『加持祈祷秘法』、鬼について、甲斐―杏子―根戸の三角関係

 

  ナイルズ@片城邸 7/14(土)11:20~14:50

  『いかにして密室はつくられたか』(以下『密』)執筆

→ ナイルズ・甲斐(+真沼)@甲斐のアパート 同日15:20~17:00

  『花言葉全集』、2つの木椅子、ナイルズの奇妙な予感

7 根戸根戸のマンション 7/14(土)11:54~13:00

  杏子と電話で話す(12:10~12:15)、喫茶店で会う約束

  羽仁の証言 7/14(土)14:30甲斐宅を出る →16:00帰宅

8 雛子・曳間@山手線車内 7/14(土)10:00頃

  雛子の証言 同日11:00~16:00 家で勉強

  ブーツの所有者=ナイルズ・ホランド・真沼・甲斐

9 8人@黄色い部屋 7/17(火) 十戒の取り決め

10 ナイルズ・倉野@赤坂~目白の路上 ≪さかさま≫の問題

 

<二章>(※曳間は生きている)

1 曳間・ナイルズ@片城邸 7/24(火)

  『密』250枚、曳間の「鬼」ついての講義

2 布瀬・曳間・ナイルズ・ホランド・羽仁・雛子・杏子・影山@黒い部屋 7/24(火)

  第二の殺人(?)(真沼@黒い部屋) 16:00消失発見

3 影山の推理(推理Ⅱ-①)=ブラック・ホール、トンネル効果

4 ナイルズの推理・実演(推理Ⅱ-②)=ベッドの下に隠れ、入れ替わり

5 根戸の推理(推理Ⅱ-③)=「布瀬&雛子の共犯」または「真沼&杏子の狂言」が量子論的に決定不能

6 根戸・甲斐・布瀬・倉野・羽仁・雛子@根戸のマンション 7/28(土)20:00

  羽仁の推理(推理Ⅱ-④)=虱潰し法、プルキニエ遷移

7 雛子の推理(推理Ⅱ-⑤)=百科事典に隠れる

8 推理Ⅱ-⑤に対する布瀬の反証

9 甲斐の推理(推理Ⅱ-⑥)=エクゴニンの構造式

10 布瀬の推理(推理Ⅱ-⑦)=動機は真沼の美貌、甲斐が犯人

  →甲斐怒って出ていく

  『密』と現実の甲斐との齟齬について。布瀬、甲斐を万引き犯と告発。

  杏子が雛子の両親の事故死を知らせる

 

<三章>(※曳間・雛子両親は死亡、真沼は失踪)

1 倉野・ナイルズ@倉野のアパート 7/30(月)昼

  ナイルズ、第二章執筆の目的を「動機づくり」と告白

  倉野、自室帰宅時に「何か」を目撃

2 ナイルズ・ホランド・倉野・布瀬・甲斐・根戸@黄色い部屋 7/31(火)

  『密』二章まで(450枚)朗読される。『密』と現実の甲斐との齟齬。

  倉野がタロットカードを引かせて順番決め、推理合戦開始

3 甲斐の推理(推理Ⅲ-①)=七夕の日にブーツを倉野に盗まれた

4 推理Ⅲ-①つづき=犯人は一見アリバイが完璧な布瀬

5 倉野の推理(推理Ⅲ-②)=曳間の姉の存在、杏子に似ている

6 推理Ⅲ-②つづき=犯人は甲斐、カタストロフィー理論(by根戸

7 ホランドが推理棄権、気分悪くなりナイルズと別室へ

8 布瀬の推理(推理Ⅲ-③)=片城家の三つ子、森が犯人

9 根戸の推理(推理Ⅲ-④)=五黄殺、暗号解釈、影山は実在しない、ナイルズ・ホランド・布瀬・真沼・甲斐・倉野が共犯

  →影山登場、反証となる

10 第三の殺人(ホランド@黄色い部屋) 同日19:10

第1回天上天下唯我独奇書読書会のお知らせ

みなさま

 

Nicoです。今年も残り数時間ですがいかがお過ごしでしょうか?よるべなき人形としての生の中、濃霧に不連続線を探すため、来たる1月9日宵刻、奇書読書会を開催致します。

 

日時:2016年1月9日(土)19:00~

場所:東京都文京区本郷通り沿い CafeLounge BON ART(ボン・アート)

   [東京メトロ丸の内線本郷三丁目下車、東京大学方向に徒歩5分]

課題書:竹本健治匣の中の失楽』(15年12月発売の講談社文庫版を推しますが、それ以前のどの出版社の版でもかまいません。)

 

 読み方・感じ方は自由なのでどのような話し合いになるかわかりませんが、開催者の特権としてお題を一つ ― 「何がリアルなのか?リアルはどこにあるのか?」

 

 参加したい方は、twitter上で@bachelor_keatonに参加表明のツイートを頂けるとありがたいです。当日課題書を持参のうえ直接上記の場所にお集まりください(「カタジョウ」の名で席を取っておきます)。場所に不安のある方は連絡いただければ待ち合わせ等行います。

 それでは、みなさまにとって良き年となりますように。

『明暗』&『暗夜行路』論

偶然と運命のキアロスクーロ

 

 

 『明暗』と『暗夜行路』、近代日本文学を代表する二つの大作の微妙な関係は、ある程度漱石と志賀の関係の微妙さを反映している。『暗夜行路』完結後の「あとがき」を志賀は、自分が連載するはずの長篇が思うように書けず漱石に詫びた(このため『こころ』の「先生の遺書」が長大化することになる)という二十五年も前のエピソードから書き起こしている。

「私の出すべき長篇小説の空地はその頃の私位の若い連中の中篇小説幾篇かで埋める事になったが、義理堅い夏目さんに迷惑をかけた事を大変済まない事に感じ、何時かいい物を書いて、朝日新聞に出そうと思ったのが、他にも理由はあったが、それから四年程何も作品を発表できなかった原因の一つであった。その四年間にも私は未完成の長篇[=『時任謙作』]を時々書き続けようとし、それが出来るまでは別の短篇を書いても他の雑誌へ出すことは遠慮しようと思っていたのだ。ところがその間に夏目さんは亡くなられた。」(『暗夜行路』新潮文庫版、p.516-517)

 

 そうした経緯ののちに『暗夜行路』を連載し始めた時、志賀の頭の内に『明暗』への意識がなかったとは想像しにくい。そして後篇に至っては「妻の不義」という漱石的主題まで導入し、最後の場面を医者の術式を受ける男性主人公という、『明暗』が始まった場面で締めくくってみせたのである。

 しかし志賀が執筆時に実際に意識していたかどうかは重要ではないかもしれない。重要なのは、その相似性のためにいっそう、両作家の資質の違いが各々の最大長篇に際立って表出していることだろう。例えば『暗夜行路』前篇の「或る彼はもっと突き進みたがっている。然し他の彼がそれを怖れた。愛子との事で受けた彼の傷手は未だ、彼には生々しかった。」(p.57)や後篇の「君の云う事に間違いはない。然し僕としてはそれは最も不得手な事だからね。それと仮令直子に罪がなかったとは云え、僕達の関係から云えば今まで全然なかったもの、或いは生涯ないとしていたものが、出来た点で、今までの夫婦関係を別に組み変える必要があるような気がするんだ。極端なことを云えば仮に再び同じことが起っても動かないような関係を。―」(p.435)という箇所は、必要な変更を加えれば『明暗』の抽象的な文章のただ中に置くことができよう。だが、

 

「ヤイ、馬鹿」

仔山羊は美味そうにその葉を食った。揉むように下顎だけを横に動かしていると、葉は段々と吸い込まれるように口へ入って行った。一つの葉が脣から隠れると謙作は又次の葉をやった。仔山羊は立った儘の姿勢で口だけを動かし、さも満足らしく食っている。謙作はそれを見ている内に昨夜来自分から擦抜けて行った気分を完全に取り戻したような気がした。彼は一寸快活な気分になって、

「さあ、お仕舞だ」と云って、両の掌に仔山羊の小さい頭を挟んでぐいと胸へ引き寄せた。(p.36)

 

といった素晴らしい一節における謙作の「気分」の描写は、漱石の後期作品群を『彼岸過迄』まで遡らないと見出し得ないものである。この「仔山羊」は筋の展開から要請されたディテールではなく、またその点にこそ「気分」の描写の成否が賭けられている。

「要するに自分は不幸な人間ではないと謙作は考えた。自分は全くの我儘者である。自分は自分の思う通りをしようとしている。それを人は許して呉れる。自分は自分の境遇によって傷つけられたかも知れない、然しそれは全部ではない、それ以上に自分は人々から愛されていたのだ。」(p.273)

 謙作は小説のある時点でこのような気分に浸るが、『暗夜行路』では著者が語るように「外的な事件の発展よりも、事件によって主人公の気持が動く、その気持の中の発展」(p.521)、すなわち「気分」の変遷が描かれていれば、極論「それでよい」のだ(題名の”行路”が象徴しているように)。上の謙作の述懐は、著者による『暗夜行路』へのメタコメンタリーともなっている。

 

 

 では『明暗』はいかなる作品か。これは連載二回目にして張られた伏線、「何うして彼の女は彼所へ嫁に行つたのだらう」という津田の独白を全編かけて回収しようとしている小説である。にも関わらずその回収が遅延(「彼の女」の名が「清子」と判明するのすら「百三十七」)されたあげく宙吊り(清子は「百八十五」でようやく台詞を発するが、作品は「百八十八」で途絶)にされてしまう異様な小説でもある。遅延と宙吊りのメカニズムは作品のデザインにも影を落としていて、人物同士の対話が何節をも跨ぎ、地の文の注釈によって引き伸ばされ、決定的なアクションの発生に至る前に次の場面へと移行していく。謙作をほぼ全編の視点人物とし、結末部(および、要との関係が回想される後篇第五章)を除けば妻直子に視点を譲らない暗夜行路とは異なり、『明暗』では津田の妻お延の心理も彼女の視点で精緻に解剖され、そのため一層出来事に対する叙述が長くなっている。次の一節は『明暗』の基本原理を象徴している。

 

 お延は久し振に結婚以前の津田を見た。婚約当時の記憶が彼女の胸に蘇へつた。

「夫は変つてるんぢやなかつた。やつぱり昔の人だつたんだ」

斯う思つたお延の満足は、津田を窮地から救ふに充分であつた。暴風雨にならうとして、なり損ねた波瀾は漸く収まつた。けれども事前の夫婦は、もう事後の夫婦ではなかつた。彼等は何時の間にか吾知らず相互の関係を変へてゐた。

波瀾の収まると共に、津田は悟つた。

「畢竟女は慰撫し易いものである」

彼は一場の風波が彼に齎した此自信を抱いてひそかに喜んだ。[…](「百五十」)

 

ここで津田のお延に対する認識面での優位を読み取るのは後回しにして(それはいつ逆転するかわからない)、まずは津田とお延の視点が同等の分量で並置されることで醸し出される「説話論的な睦まじさ」(渡部直己『日本小説技術史』p.272)に注目せねばならない。『明暗』という題がすでに示唆する二極構造で貫かれた本作において、お延は完璧に津田のカウンターパートをこなし得ているのだ。実際津田-お延を中軸に、秀子-継子、藤井家-岡本家、はシンメトリーをなして配置されており、それを上層階級の吉川夫人と下層階級の小林が挟み込む、堅牢な構造を小説は実現している。圧巻はもちろんお秀が病院の津田を見舞いお延の扱いをめぐって口論している部分に続く「お秀が斯う云ひかけた時、病室の襖がすうと開いた。さうして蒼白い顔をしたお延の姿が突然二人の前に現はれた」(「百二」)とそれを受けてのお延視点による出来事の再構成である。このように一つの視点を常に相手側の視点によって相対化し、さらには吉川夫人の干渉・小林の批判にもさらすことによって、限られた登場人物数で「社会」の多層性を表現しようというのがおそらくは漱石の方策であった。直接は相対峙しない吉川夫人-小林の縦軸と常に角突き合わす津田-お延の横軸で張られたグリッドの中で登場人物達が互いの目を意識し合うゲームは、阪口ら男友達との交友とお栄ら家族との関係が独立に進行する『暗夜行路』には全く見られなかった。家族制度も『明暗』の中では、「己達は父母から独立したただの女として他人の娘を眺めたことは未だ嘗てない。だから何処のお嬢さんを拝見しても、そのお嬢さんには、父母といふ所有者がちやんと食つ付いてるんだ。だからいくら惚れたくつても惚れられなくなる義理ぢやないか。」(「三十一」)という藤井の叔父の言葉に端的に読み取れるように、小説家によって「社会」の開始点として機能的に活用されているのだ。

 

 以上の帰結として、『明暗』はすべての心理が表面に浮上し読者の目に映ずる、表層が大きな意味を有する作品となった(「津田は其微笑の意味を一人で説明しようと試みながら自分の室に帰つた。」という一文で終わっているのは、偶然とはいえ本作にふさわしい)。全知の三人称視点で叙述される『明暗』の明るく均質な作品内空間は、冒頭に一人称で語られた「序詞(主人公の追憶)」を有し、それが後に「謙作は自分の事を彼方へ打明ける一つの方法として、自伝的な小説を書いてもいいと考えた。然しこの計画は結局この長篇の序詞に『主人公の追憶』として掲げられた部分だけで中止されたが[…]」(p.275)のように登場人物にすぎない謙作と作者である志賀を重ね合わさせるための「表現機構」(安藤宏)として機能している、『暗夜行路』の不均質な作品空間と対照的である。但し『明暗』が「近代小説」的かというとそうでもなくて、作品内の劇場や酒場が「公共圏」として機能することなく病室や津田の邸宅と同じく既知の人物同士が対話する場所にしかなっていない点には注意が必要であり(富山太佳夫「近代小説、どこが?」)、むしろ『暗夜行路』の娼家や寺院の方が多様な人間が出入りしており「社会」を描けていると評価できるのかもしれないが。

 

 現実とは独立に緊密に構築された『明暗』の小宇宙と、世界に開かれた『暗夜行路』の緩やかに構成された作品世界。最後にこの問題を整理しておきたい。既に引用した独白の直前、『明暗』の津田は友人に紹介されたポアンカレーの「偶然」の理論を想起している。

 

「だから君、普通世間で偶然だ偶然だといふ、所謂偶然の出来事というのは、ポアンカレーの説によると、原因があまりに複雑過ぎて一寸見当が付かない時に云ふのだね。」(「二」)

 

 漱石は『明暗』の小宇宙の中で登場人物同士を原子のようにぶつけその相互作用による「偶然の出来事」を演出しているように思われる。九鬼周造によれば「偶然」とは「例えば病人の見舞に行くとしまして、その病人に遇うことは偶然ではない。わざわざ遇いに行ったのですから偶然ではない。然しそこへ見舞に来合わせた誰それに、思いがけず、遇うことは偶然です。[…]すなわち必ず遇うにきまっていない、遇うことも遇わないこともできるような遇い方をするのが偶然であります。」(「偶然と運命」1937年)と説明しているが、これはまさに『明暗』のためにあるような一節ではあるまいか。

 

 単に病院でお秀に出会うといふ事は、お延に取って意外でも何でもなかつた。けれども出会つた結果からいふと、又意外以上の意外に帰着した。自分に対するお秀の態度を平生から心得てゐた彼女も、まさか斯んな場面で其相手にならうとは思はなかつた。相手になつた後でも、それが偶然の廻り合わせのように解釈されるだけであつた。その必然性を認めるために、過去の因果を跡付けて見ようといふ気さへ起こらなかつた。(「百十一」)

 

 登場人物にとっての偶然の衝突が読者の視点では起こるべくして起こった”必然”としか思われない所に、『明暗』を読む歓びがある。シンメトリーの均衡を食い破るお秀のお延に対する反抗、吉川夫人に使嗾されての津田の温泉行き、それらの「偶然」の累積がもたらすカタルシスをもはや読者が見届けることは叶わないので、涙を呑んで『暗夜行路』に目を移すと、ここでは「運命」の槌音が謙作が祖父の子であることを明かす「序詞」から大山での終曲まで通奏低音として鳴り響いていることがわかる。

 

誰からも本統に愛されていると云ふ信念を持てない謙作は、僅かな記憶をたどって、矢張り亡き母を慕っていた。その母も実は彼にそう優しい母ではなかったが、それでも彼はその愛情を疑うことはできなかった。[…]実際母が今でも猶生きていたら、それ程彼にとって有難い母であるかどうかわからなかった。然しそれが今は亡き人であるだけに彼には益々偶像化されて行くのであった。(p.57-58)

 

直子は急に眼を堅く閉じ、首を曲げ、息をつめて顔中を皺にした。そしてそれを両手で被うと、いきなり突伏し、声をあげて烈しく泣き出した。[…]彼は直子のこの様子を、どう判断していいかと先ず思った。次に彼は兎に角自分達の上に恐ろしい事が降りかかって来た事を明らかに意識した。(p.421)

 

「謙作は母の場合でも直子の場合でも不貞というより寧ろ過失と云いたいようなものが如何に人々に祟ったか。自分の場合でいえば今日までの生涯はそれに祟られ通して来たようなものだった。」(p.493)と後に繋げて整理されているが、『暗夜行路』は構成が緩く物事の連関が少ないために、読者は謙作が運命もしくは宿命のように感じているものを個々の偶然に切り分けて読むことができる。謙作には出来事は世界の側から到来し続け、「運命とは偶然の内面化されたものである」(九鬼周造)の公理に従って、彼はそれを生きる。

 そこまで考えれば、「おれは今この夢見たやうなものの続きを辿らうとしてゐる。東京を発つ前から、もつと几帳面に云へば、吉川夫人に此温泉行を勧められない前から、いやもつと深く突き込んで云へば、お延と結婚する前から、―それでもまだ云ひ足りない、実は突然清子に背中を向けられたその刹那から、自分はもう既にこの夢のやうなものに祟られているのだ[…]―すべて朦朧たる事実から受ける此感じは、自分が此所まで運んで来た宿命の象徴ぢやないだらうか」(百七十一)と内省する津田と謙作との距離、「ただ自分で斯うと思ひ込んだ人を愛するのよ。さうして是非其人に自分を愛させるのよ」(七十二)と叫ぶお延と「助かるにしろ、助からぬにしろ、兎に角、自分はこの人を離れず、何所までもこの人に随いて行くのだ」(514頁)と思う直子との距離が、意外なほど近いことにも思い至らないだろうか。対照的な両作品の人物造形における「偶然」の類似は、日本近代小説の「運命」を思索させるには十分である。

 

『それから』論

それからの近代小説        

 

 漱石作品の中で『それから』は際立って人工的な印象を与える。そこでは小説の構成など八方破れでも良いと言わぬばかりの闊達さは陰をひそめ、プロットは因習的な「姦通小説」をなぞり再生産するにとどまっている。(『虞美人草』はどうか?…確かに新聞小説第一作ということも手伝って人工性は散見されるが、しかし例えば『虞美人草』の錯綜するストーリーを的確に言い表す語があるだろうか?一方『それから』の筋書きなら誰でも覚えている。)

 むろん最大の目新しさは長井代助という、三十前後であるにも関わらず金のための労働を拒み趣味に没頭する人間を恋愛小説のヒーローに据えた点にある。これは漱石が「高等遊民」問題にいちはやく鋭敏さを示した証として批評家に称えられてきたが、おそらくそうではない。作者が「高等遊民」に小説的リアリティーを与えたことによって「高等遊民」は真に誕生したのだ。『明暗』に描かれる市民社会が大部分漱石の想像力の生産物であるのと同様に、理念型としての純粋な「遊民」をまず造型した上で三角関係のただ中に投げ入れてみたのが『それから』ではないか。小説の中盤、「十一」で代助はほとんど自らの小説的出自にパロディー的に言及しているかに感ぜられる。

 

「代助が黙然として、自己は何の為に此世の中に生れて来たかを考へるのは斯う云ふ時であつた。[…]彼の考によると、人間はある目的を以て、生まれたものではなかった。之と反対に、生れた人間に、始めてある目的が出来て来るのであつた。最初から客観的にある目的を拵へて、それを人間に附着するのは、其人間の自由な活動を、既に生れる時に奪つたと同じ事になる。だから人間の目的は、生れた本人が、本人自身に作ったものでなければならない。けれども、如何な本人でも、之を随意に作る事は出来ない。自己存在の目的は、自己存在の経過が、既にこれを天下に向つて発表したと同様だからである。」

 

 作家のみが「随意に」「最初から客観的にある目的を拵へて」登場人物に付与することができる。引用の続きで「歩きたいから歩く。すると歩くのが目的になる。」「だから、代助は今日迄、自分の脳裏に願望、嗜欲が起るたび毎に、是等の願望嗜欲を遂行するのを自己の目的として存在していた。」と描写されているが、三年前に自己の願望を知らずに三千代を平岡に譲ってしまった過去を考えるならば、この部分の過剰なレトリックはアイロニーだと考えざるを得ない。(われわれは『それから』の恋愛小説としての卓越性を論じる人びとに同調できない。小説の約束事を風刺する筒井康隆虚人たち』に誘拐ミステリーの面白さを評価するようなものだから。)ならば代助とは初手から作者の目的を与えられて生まれた人物である。本作は代助のRomanceを描くことで、現実に根ざしたノヴェルと対比して大岡昇平が好んで呼んだ意味での「ロマンス」たり得ているのではないだろうか。

 それならば作品の人工的印象も説明がつく。代助を周囲との軋轢に苦悩する特権的なヒーローに仕立てあげるために、ロマンスの作家は反抗する対象としての「周囲」をも自力で作り上げなければならない。芳川泰久は「姦通」を新聞小説で扱うことの効果について述べている。

「社会正義の基準として常に超自我的にはたらく検閲者としての新聞。秘匿されるべき他人の秘事を、いわばそのエロスの開示される細部に至るまで好奇の対象に仕立てようとする新聞。[…]だからこそ、そうした二つの拮抗する力のはたらく場で、しかも社会道徳から見ればはばかられる姦通を小説の主題にすることじたい、まさに新聞という媒体のもつ両義性と積極的に同調することを意味している。というのも、姦通じたい、読者の好奇をひく話題であると同時に、当時においては罰せられるべき禁止の対象であったのだから。そうした、いわば検閲と挑発という両義的な力の拮抗する媒体において、[…]姦通という主題は、新聞という媒体の隠喩そのものとさえ言えるかもしれない。そこに、新聞小説と姦通小説の隠れた類縁性が顕わとなるであろう。」

(『漱石論:鏡あるいは夢の書法』河出書房新社、p.311-312)

 

 しかしいわば自我のレベルで読者に晒されながら超自我のレベルで罰せられているのは禁忌としての姦通行為だけではない、それに集約されるいっさい、社会に対する代助の反抗的な身ぶりの総体である。そしてそれを描くためにこそ反抗する対象としての「父」が要請される。「近代小説は規範に反する主人公を応援しながら、そもそも主人公が登場しうるために、規範的な社会を必要とする」(平石貴樹アメリカ文学史』p.274)という根本原理を考えるならば、イーディス・ウォートンは『エイジ・オブ・イノセンス』で「今や失われた社会」を懐古的に描けばとりあえずは良かった。それに対し、漱石は近代日本の「社会」をまず小説的に構築せねばならなかった

 漱石の苦慮は注意深く読めば「三」で突然始まる列挙的な家族紹介に既に明らかだ。中でも父は漱石作品中もっとも重要な機能(社会=「父」の象徴)を与えられているが、しかし機能を説明することにのみ奉仕する文章が小説としての完成度に貢献できるとは限らない。

 

「代助の尤も應へるのは親爺である。[…]ただ應へるのは、自分の青年時代と、代助の現今とを混同して、両方共大した変りはないと信じてゐる事である。それだから、自分の昔し世に処した時の心掛けでもつて、代助も遣らなくつては、嘘だという論理になる」

 

 もちろん作者は技巧的な新聞小説家であるから、この後も戦争体験の有無や見合いの場面での結婚観、職業・労働観の相違等を使って読者に世代間の断絶を印象付ける。しかしそれもあくまで「よくやった」というだけのことである(ただし嫂の梅子は非常に良く描けているが)。それは代助が「自然の児」として三千代を愛することを決心する場面での、「最後に彼の周囲を人間のあらん限り包む社会に対しては、彼は何の考も纏めなかった。事実として、社会は制裁の権を有していた。…」というあまりに抽象的な社会観に露出してしまっている。『それから』の終幕の場面は象徴的だ。「ああ動く。世の中が動く」と口に出す代助は実は自分が景色とは逆行して動いているのを意識しつつ半ば喜んでいる。だが、動いているのは電車であり、代助というキャラクターの存在は依然「社会」の運動との逆立によって規定されてしまっている。

 『それから』が浮き彫りにしてしまったのは、「今日始めて自然の昔に帰るんだ」(十四)と代助がいくら宣言しようと、漱石の行き方ではそれを人工的なプロットや舞台の導入でしか描けないということだ。ロマンス的な主人公という図にはノヴェル的な社会という地が必要であり、ヨーロッパならぬ日本ではまず地の構築が問題になってしまうという背理。

 近代日本文学の流れの中で、『それから』の人工性を批評的あるいは審美的に克服しようとして一人ここから逃れえた作家が『暗夜行路』時代の志賀直哉であった。

「近代小説は枠組みとしての社会が前提として与えられ、その中で人間が社会にいかにかかわり、いかなる軋轢を経験してゆくかを描こうとする。[…]こういった近代小説の骨法といったものは『暗夜行路』ではほとんど用いられていない。というよりも、志賀はきわめて我儘なやり方でもって、それを無視し、時任謙作に因果関係が明瞭でなく、重要度が一定でない人物、情景、出来事を出現させるのだ。その上、彼を次から次へと場所を移動させ、彼の人生経験の場所を纏まりある社会として凝集させようとする手法は見せないのである。」(高橋英夫志賀直哉 近代と神話』文藝春秋社、p.264-265)

 

 『暗夜行路』で彼は『それから』と表裏の関係にある「妻の姦通」を扱い、典型的な「父と子」物語の筆法で書かれた自作『和解』を想起させる「序詞(主人公の追憶)」を巻頭に据えながら、両作品とは全く別個の論理で小説を書き継いでいった。そこにも小説が必然的にはらまざるを得ない作為を感じることはでき、つまる所『暗夜行路』も擬装した近代小説であるという面が指摘できると筆者は考えるが、それについては『明暗』との比較で再び考えたい。