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「瞑想&独走」

瞑想(メイソウ) & 独走(ディクソウ) ―ビッチンガー牧師日本遠征私記

                     

「これを見ると一層あの時代が、―あの江戸とも東京ともつかない、夜と晝とを一つにしたやうな時代が、ありありと眼の前に浮んで来るやうじやありませんか。」(芥川龍之介「開化の良人」)

 

    □ □ □ □ □ □ □

 オシロスコープのグラフがブウンと鳴って棘波(スパイク)を生み出し、それから揺れるのをやめた。音声入力がなくなったのだ。<ホワイト・ビジテーション>の午前三時。

―それが俺の曽祖父(ひいじい)さんの話さ。

―あんたの曽祖父(ひいじい)さんの話なんかじゃねえ。ほとんど出てきてないじゃないか。その何とかって二人が主人公だろう。曽祖父(ひいじい)さんはよく覚えてて話すのが上手かったただけだ。

  ロナルド・チェリコークは新しい器具をクランケに装着しながら聞き流した。人間目隠しされると威勢が良くなるのはどこか滑稽だ。それにしても俺は話しすぎた。今何時だろう?彼は拘束されて椅子に座っている男の軍服の名札を一目で読んだ…ビッティンガー。チェリコークは跪いて男の手を握るだろう、その一瞬の後、いつものように電場と磁場の二重螺旋のただ中に彼は巻き込まれ、彼自身は光となり、男の記憶へと…。

  ―じゃあ俺も曽祖父(ひいじい)さんの話をしてやろう。奇しくも同じく牧師ときてるが、残念ながらこっちはほんとの主人公だ。あんたの研究所の機械、まさか日本製か?

  日本人(ジャップ)のポンコツは使わない、とチェリコークは答えた。男は心を読まれまいと何でもいいから話し続けているだけなのだ。ビッティンガー准将、ならず者みたいな喋り方をするのはよしたまえ。男は無視して喋り続ける。前歯が抜けていて笑っているように見える。

  ―日本での冒険の話だ。トージョーがまだ生まれてなかった時代だな。

  ―そんな話はいいから、リューベックで起きた事を話せ。

 あるいは思い出すかだ、とチェリコークが手に触れようとすると男は突然坐り直した。アイマスクの奥の目でこちらを捉えて話す。その様はさながら笑う骸骨のよう。

「そう言わずに聞けよ。それとも肩慣らしに、俺の話の中にトリップしてみるかい?…」

 

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 さっきから松原を通ってるんだが、松原というものは絵で見たよりもよっぽど長いもんだ。E.C.ビッティンガーは艦内でジョーンズに見せられた中国(シナ)の賢人の絵を思い出す。数本のくねる松と老人。光の使い方が絶妙なんです、と自分も光に関しては専門家(エキスパート)(「奴さん、黄道(ゾディアック)光で艦長をたぶらかしたんだ」とは下品な船員たち十八番の冗句(ジョーク))のジョーンズ牧師は目を細めて語っていた。成程見事と頷かれる部分もあるが、マサッチョの壁画を見るためにアッシジを素通りしてフィレンツェの聖母(サンタ・マリア・)新(ノヴェッラ)聖堂に赴いたこともあるビッティンガー氏としては、輪郭があまりにも弱すぎるし、彩色も薄すぎる。主役のはずの老人もそれを意識しているのかいないのか、賢哲らしからぬ存在感の稀薄さで、あるかなきかの笑顔を浮かべて牧師二人を見ているのみ。―レンブラントの自画像は、と喋ろうとしたビッティンガーは、その束の間の一瞬己の輪郭を取り戻した賢者と目が合い、背筋が凍る思いをした。神の恩寵(グレース・オブ・ゴッド)無かりせば、と遠い昔神学部の講義で聴いた一節が頭をかすめる。やれやれ、東洋(オリエント)にはまだ慣れそうもない。

 まだ初春(三月十四日)だというのに、青空は馬鹿馬鹿しいほどに高く晴れている。道だけはいつかの雨が残っているのかまだ少し泥濘んでいて牧師の二色革靴(サドル・オクスフォード)を汚しているが、散歩にはうってつけの気候といっていい。あるいは日本(ジャパン)では一年中こんな陽気が続くのだろうか、と牧師は頭の中にきちんと畳み込まれている地理学の知識を取り払って夢想してみた。ずっと右手に見えている海―あれが本当に太平洋なのか?―にしても、楽園の湖を思わせる外見上の温かさを慎ましく誇っている。僕はアダムだ、と牧師は子供らしい夢想を小さく声に出してみさえした。我が名はアダム、目下東洋(オリエント)の楽園に滞在中。我三十有五にして未だイーヴと出会わず、以て瞑すべし、アーメン。

 うぇーんうぇーん、と甲高い泣き声がして牧師は現実に引き戻された。振り返るとたった今擦れ違った女の背中で赤ん坊が盛大に泣いている。地味な紅紫(マジェンタ)の着物(キモノ)を着た母親はビッティンガー氏が振り返っているのを意識して、隠れるように道の脇にうずくまり赤ん坊を包んでいた襷を解いているが、四足歩行時代から二足歩行時代に入ったばかりの兄の方は異人(エイリアン)である自分に興味津々といった御様子で、母親に手を引かれながらも度々こちらを振り返る。それならばとビッティンガーは大道芸人(ヴォードビル)のように大袈裟な一礼をしてみせたが、相手の小さな紳士は理解していない印の笑顔を浮かべたまま母親に握られていない方の手の親指を口に持っていったのみ。牧師は仕方がないので泥濘の上で覚束なげなタップを一度踏んでみせ、また前進に戻ることにした。あの女は子供に乳を飲ませるのだろう。松の下に腰掛けていた旅人の視線が一斉に異なる方向(ベクター)を向く。牧師とて通りすがる人々全員に見られている気がするのはあまり良い気分ではないが、かといって今更戻る気にはなれない。「万事順調かな(エブリシン・オーライ)、牧師殿(レベレンド)?」と、いつも計ったように背後から声をかけてくる艦長の恰幅の良い姿(牧師は直属の部下の間で艦長が「あのブタケツ野郎!」と形容されているのを耳にした)が目に浮かぶ。部署無断離脱(A W O L)どころか、どんな罪に問われるともわからない。

   街道の松並木はようやく朧気になり、牧師は再び繁華な宿場町(シティ)へと出た。看板には墨で黒々と塗られた漢字、通りには賑わう人々、その彼等が一斉に自分に視線を向け、瞬間の遭遇(インパクト)の後次々に一次独立の方向(ベクター)へ散乱していく。逸らしておいて忍び笑いをする。民衆の間では攘夷(クセノフォビア)の風潮が根強いと噂で聞いていたが、もっと悪い―黒人劇(ミンストレル・ショー)の俳優だ、と牧師は昨日、高級士官達が幕府の役人に見せるためか顔に胴乱(ドーラン)を塗り、流石化華(サスケハナ)号の甲板で歌いながら茶を運ぶ「訓練(ドリル)」をしていたのを思い出した。

 

おお肅淑慎(スザンナ)! 哭くのはおよし  

Oh! Susanna, Oh don't you cry for me,

俺は加利福尼亜(カリフォルニア)へ 皿(ボウル)を膝に載せ 

I'm bound for California with my washbowl on my knee. 

 

 ビッティンガーはどうも落ち着かない。万一の用心と思って牧師服の懐に忍ばせているため時々胸に当たる土耳古(トルコ)の短剣をかざしてやったら、自分を好奇の目で見ている東洋人達はどんな表情を見せるだろうか?―短剣はもちろん造り物、密士矢比(ミシシッピ)号のウィリアムズに貰った土産物だ。そのロバートも死んでしまった。しかもこんな遠い異国の地で…何を言う、お前が最期を看取ったんじゃないか!そしてジョーンズが埋葬した。牧師は短剣を十字架から遠ざけるため、誰にも見られぬよう事を運び、無事ベルトに挿すことに成功する。遍在する神に場所の観念はないはずだ。だがそれはオッカムによって批判された説にあらずや?煎餅(フーガス)売りの少年が甲高い声で商売文句を宣い、隣の店先を冷やかしていた客が押し寄せて我も我もと手を差し伸べる。牧師は断固として自分も食することに決めた。俺は(もしかすると)日米間の国法を犯した大罪人となってまで居留地の外を見たかったんじゃないのか?どんどん楽しまないと損だ。それに施し(チャリティ)は受け手がいないと施す側が間抜けに見えてしまう。こういう場合は施されるのが真の慈善(チャリティ)であって、徳に軽重はない。

 彼は以上のような考えをめぐらしなおかつ日本人(ジャポネ)の中にあっては犯罪的な程のスピードで下肢を酷使して歩いていたので、一口に押し込んだ煎餅(フーガス)の色や形をほとんど意識しなかった。海老と生姜(ショウガ)と、それから―魚醤(フィッシュ・ソース)か?とにかく食べたことのない物の味がする。おーいビッティー、旨いじゃないか、コツは何…いやその前に、どんな形の料理だったんだ? 教えてくれないか。振り返ると売り子の少年の周りには人だかりができていて、しかも何やら半紙のような札を煎餅と一緒に配っているようだ。幟には陸亀(トータス)の甲羅の文様が描かれ、漢字が添えられている。一種の民間宗教だろうか、とビッティンガーは思った。いずれにせよもうあそこに戻るのは面倒だ、と思った途端牧師は急に買い物がしてみたくなった。財布は下士官(コマンダー)に預けて来てしまったが、胸ポケットを探ると墨西哥(メキシコ)銀貨がある。

 彼は歩きながら墨西哥(メキシコ)銀貨を手の平の上でじゃらじゃら遊ばせているうちに、混ぎれ込んでいた3セント銀貨の六芒星を見つけた嬉しさで銀貨(メキシカン)を一枚落としてしまった。見せ台で鶏を焼いていた女将が、裏返す手を止め通りに出てきて拾おうと身を屈める。

「控え居れ、」もちろんビッティンガーには解る由もないが、差し出す手を空中で止めた女将の怯えた態度ゆえ、そのような内容と想像される怒声。

 声の主はと見ると、左程裕福とは見えぬ麻の衣を着た四十がらみの男。髪はもちろんあの珍妙な武士(サムライ)の髷(まげ)ではなく、伸びるに任せたような蓬髪である。男は女将を手で差し止めて自分が身を屈め、銀貨を拾ってビッティンガーに差し出す。

「どうぞ(ヒア・ユー・アー)、」やや硬いが明瞭な発声であった。ビッティンガーがやや気後れしながら礼を言うと、滑稽(ユーモア)を解す者の眼と口元で一瞬こちらを見つめ、身を翻して人波の中に消えていく。女将も呆然と男を目で追っている。武士(サムライ)でもない男に白昼怒鳴られたのが余程衝撃(ショック)だったのだろう。確かにあの男の態度は無礼だった―と、ビッティンガーは足を止めた。間違いない、彼は一度前にあの男を見たことがある。

 だが何処で?もちろん居留地の外に住む人々と曲りなりにせよ会うのはこうして今日が始めてである。ならば居留地内か、もしくは戦艦の中―、とすれば役人か通詞(インタープリター)、いずれにせよ幕府の役人ということになる。考えてみれば、国を鎖ざして何百年も経つこの大君(タイクーン)の国で、普通に暮している町人の一人があのような正確な英語を話すわけがない。ならばなぜ、先程の男は髷を結っていなかったのか…?

 ビッティンガーは左手に神社を見つけると、走って階段を数段駆け上がって、鳥居の下で急に振り向いた。―賑やかな人の波、遠景には海。牧師は注意深く周囲を見回しながら階段を降り、再び街道に沿って精力的な前進(プログレス)を始める。今慌てて俺から視線を逸らした人間がいた、ように思う。自分は監視されているのだろうか?だがそれならばなぜ捕らえない?なぜ寸胴の提督(アドミラル)の前に引き立てていかない?

 牧師は日本に来て会った東洋人(オリエンタル)の顔を思い出そうとした(東洋人の顔は似ていて見分けが付かない、というのは造化の美を本気で讃える気のないものの言い草であり、「神の御業(アクツ・オブ・ゴッド)」の批評家を自任する自分にはそうは思えない、というのが牧師が良くする自慢の一つだった)。自分が会った通詞(インタープリター)は二人だが、さっきの男は何れとも似ていない。では役人か?神聖なる三位一体を表すような詰め草(クローバー)の家紋を刻んだ兜(キャップ)を決して脱がず、押し黙って船内を見学していた、老いた外交官達―。

 そもそも彼はどうしてこんなにも容易く居留地の外に出られたのか?亜米利加(アメリカ)側と日本側、二重の警備を突破する隙が見つかりそうになければ、幾ら好奇心旺盛なビッティンガー氏とは言え斯くの如き小旅行(エクスカージョン)に乗り出しはしなかったろう。二世紀半に亘って続いている鎖国亜米利加(アメリカ)が打開できるかどうか、そのためには一つの揉め事(トラブル)も起こしてはいけないというこの張り詰めた局面に、その時偶々警備が手薄になって、牧師が付近で海苔を採っていた小舟を呼び―あの真っ黒な肌の、何も解らぬまま俺を親切に岸まで運んでくれた、愛すべき二人の漁夫(ペテロ)!―、乗り込み、時には漕ぐのを手伝うのを誰一人として見咎めなかったのだ。なんと出来過ぎた話ではないか!牧師は自分が何者かの作為の下に動かされているのを感じた。もしや、「病死」として処理されたロバートの死もまた…? しかし動かしている者が誰であれ(大君(タイクーン)であれ、帝(ミカド)であれ、彼理(ペルリ)であれ)、駒であるビッティンガーの役割自体は変わらない。このまま街道を辿り亜米利加(アメリカ)人として初めて江戸(エドー)に入ることだ。

 牧師は自分が素晴らしく海を見晴らせる場所を通っているのに気付いて漸く内省から醒めた。彼は無意識の知覚の蓄積(メモリー)から、自分と擦れ違ったり追い抜いたりする駕籠の数が不自然に増えていることを引き出した。しかもそのどれも駕籠かき(キャリアー)が彼の方を見ないように努めている。だが今これ以上動きを見せて、相手に悟られたと知らせるのは不利だし、何の必要もないことだ。何も気付いていないかのように行動しよう、そして≪若人ヨ、今ヲ楽シメ≫。

 ビッティンガーはあの美味であった煎餅(フーガス)の薫りを再び嗅いだ。もうさっきの宿場町からは大分離れているが―。しかし錯覚ではなかった。彼はカナンの地を発見した者のように歓喜に震えながら、その平屋の店先に堂々と掲げられた看板の字を読んだ。

   「ゆうせ→」

 憑かれたる牧師は勿論これらの平仮名を理解することも発音することも出来なかったが、その文字配列の美を誰よりも深く鑑賞し、三つの文字によって調合された霊薬(ネクター)を咽喉の奥まで飲み乾した。何という力強さ!何という曲線美!最初の文字は(彼は左から右に読んだのである)恰も恥じらう女子の如し、二番目の文字は恰も妙なる音符、或は万物に救済をもたらす彼の積分(インテ)記号(グラル)の如し(これはこの店の主人の筆遣い(カリグラフィー)による幸福な錯覚か)、そして最後の文字は、これは当に女性と統一性に向って十字架を運ぶキリストその人の御姿ではないか!そして横に添えられた矢印は、イエスに倣えの教説を象徴している。ああ(アラス)!牧師は感激の余り矢印に従って、開け放しにも関わらず仄暗い店の中に入って行った。敷居を跨ぐ時、この矢印も何者かの罠ではあるまいか、との疑いが脳裏を過ぎったが、しかしそこでもう一度考えて仮令(たとえ)今日の彼の行動全体が他者の陰謀(コンスピラシー)の内であってみても顕現(エピファニー)に触れた感動は消えず、否一層高まるばかりと思えたので、牧師は馥郁とした香りの中に身を浸し自らに洗礼を施しに行った。

 らっしゃい、と腰を上げ出迎えた店主は吃驚(びっくり)仰天(ぎょうてん)、笑顔を静かに押し殺しながら後退り(あとずさり)するのがやっとの心境。代わりに応対したのが長崎生まれで当地に売られて来た鸚鵡君(ぎみ)で、「あーら、異人さん、久しぶりね~」とばかりに唄い出したるは高名なぶらぶら節、

 

 遊びに行くなら花月か中の茶屋

 梅園裏門たたいて丸山ぶーらぶら

 ぶらりぶらりというたもんだいちゅ

 

 牧師は墨西哥(メキシコ)銀貨を卓袱台に並べ、店の奥で今まさに竹の管から滴り落ちて来る聖性を湛えた液体との取引(イクスチェンジ)を手真似(ジェスチャー)で提案した。同国人相手ならば相当頑固と見える主人は、震々(ぶるぶる)と首を振るばかりで、―夷人(エイリアン)には、醤油(ソイ・ソース)など売らん!

「そこを頼む、私はこの香りに魂(ソウル)を奪われたんだ…なんならこれと交換(イクスチェンジ)しても良い」

 ビッティンガーは牧師服を捲ってベルトに挿した土耳古(トルコ)の短剣を見せたから大変、虐(ぎゃぁ)っとばかりに主人は奥の間に引っ込み、障子を閉めながら手近に在った二朱金を震える手で差し出した、―こ、これで帰(けえ)ってくれ!

 牧師は不審に思ったが、二朱金の表面が剥げて略(ほぼ)銀地金と同じ劣悪な状態に在る事、及び手近の五寸釘に見事に磨き込まれた天秤衡(てんびんばかり)が掛かっているのを見出して、ははーん(アイ・シー)と納得、片側の皿に二朱金を載せ、もう片側の皿に銀貨(メキシカン)を段々と積んで行った。長期に亘り大豆計量の際主人と同盟関係(パートナー・シップ)を築いてきた正確無比の天秤は、仲々両皿の実質(サブスタンス)の同等性を認めようとせず、二朱金に腕を下げた儘拷問を受ける背教者の様に痛々しく揺れている。

 ビッティンガーは六芒星の刻まれた3セント銀貨を持っていた事を想い出し、また遙か昔に聴講した神学部の授業の一節、亜米利加(アメリカ)人らしからぬ程体格の貧弱だった教師の声が耳に蘇えるのを感じた、―ニコラウス・クザーヌスは≪信仰ノ平和≫ノ中デ述ベテオリマス、「一性は相等性から、相等性は一性から分離されえない」ト。ソシテコレラヲ結合スルモノ、ソレガ―愛、である、と。此処に自分が居て、彼処に怯え切った親爺が居る。我々は信仰も外見も異にしているが、同じ人間である。勿論「人間」なる普遍の存在は極めて疑わしいし、そのような名辞は唯名論的(ノミナリスティック)に考えられる可き代物だ。しかし唯一つ確かなのは―牧師は六芒星を皿に載せた、―若し「人間」なる普遍が可能であるとすれば、それを可能ならしめる物は愛である。そして神とは対立物を一致させ「三」を可能とする存在だ。

 天秤衡は完全に静止した。

 二朱金を掴むビッティンガーの指は震えていたが、表情は非常に穏やかだった。牧師の錯覚の中では、主人も涙を堪えている、…いや実際に堪えていたのかも知れぬ。―この籠を開けてくりゃんせ、妾(あたい)を出してくりゃんせ、と喚く鸚鵡を残し、牧師は最後にもう一度神の薫りを吸い込み、一礼して子安村の醤油屋を後にする。

 

            □ □ □ □ □ □ □

 牧師はもう幕府やマシュー・カルブレイスの陰謀(コンスピラシー)など気にしなくなっている。醤油屋を出ると直ぐ密偵が尾行に付くのがわかったが、振り返りもしない。彼は流石化華(サスケハナ)号に乗る予定だった或る作家の小説―毎度の事で何という題名の本かは忘れてしまった、只彼等としてみれば船員仲間だったら友達になれたか如何(どう)かが気になって回し読みしているだけなのだから―の語り手の様な気分だ。彼の日本での小旅行など、神が書いた劇では亜米利加(アメリカ)大統領選挙と阿弗岸(アフガニスタン)での戦争との間の幕間(インターバル)に過ぎない。そしてそれがどうだと言うのだ。<道>は其自身が動いているかのように真っ直ぐ伸びている。牧師は遅かれ早かれ終点に到着するだろう。

 彼は江戸(と言っても、かなり辺境なのだが)を対岸に挟んだ六郷川まで到着した。渡し守の船頭を見て、ビッティンガーは旅の出発点になった二人の漁夫(ペテロ)を想い出した。―太陽も夕陽に近くなっているが、ジョーンズは黄道(ゾディアック)光を観測できているのだろうか。確かに<道>が伸びて行くのを感じる。ビッティンガーは渡し守に交渉に行く。

 牧師が江戸に着いていたら、―せめて江戸の岸にでも達していたら、日本(ジャパン)と亜米利加(アメリカ)は六年早く修好通商条約を締結していたかもしれぬ。ビッティンガーは此の地で愛する妻と出会い、一生亜米利加(アメリカ)に帰る事は無かったし亜米利加(アメリカ)で死ぬこともなかったかもしれぬ。そして此の地は、何時までも夜(よる)と晝(ひる)が拮抗しながら釣合いを保つ世界に成っていただろう。

 ―不可(いけ)ませんよ、と背後から声がした。提督(アドミラル)とその取り巻き共かと思ったが、彼ならもっと流暢な英語を話すに違いない、と判断した瞬間、牧師は脱兎(ラビット)の如く走り出した。後から草鞋を履いた大勢の日本人(ジャポネ)が追って来る。

 ビッティンガーは堤の芝生を尻で滑り降りた。尻が熱いのと、草の焼ける匂いがする。川の水面と同じ高さに目が来た時、視界にあの蓬髪の男が立ち塞がった。表情には同じ滑稽(ユーモア)が浮かんでいるが、服装は麻の衣でなく、将軍(ショーグン)家の家紋が入った着物(キモノ)を着ている。

 ―成程、君等こそが三位一体の体現者って訳かい、ええ?

 ―ミスター・ペルリから書状が届いています。貴君は両国の国法を犯しています。居留地を無断で出ていますし、条約締結前に交易を行いました。あと、部署無断離脱(A W O L)です。

 彼等の脇では(英語が解らないので)部下達がビッティンガーの今後受ける苦難について面白半分に喋り合っている。そこに牧師の蓬髪の男への茶化し半分の説教が重なる。

「彼理(ペルリ)はどう処分を下すのかねえ、奴さん亜米利加人にも厳しいのかしら」

「…君に神なんて説いたのが間違いだったよ。君はしたこと無いだろう(ユー・ネヴァー・ディド)、その(ザ)―」

「剣呑さ(ケノーシャ)、屹度(キッド)。」

 

 

「横浜へ上陸致し候異人の内一人、昼九時過、同所より陸通り当所へ罷越候につき見物人大勢駆け集り候間、下役同心差出し相制し候よう仰渡され候間、岩附恵十郎、吉沢仙右衛門差出候ところ同夜五時頃引取り来たり。右異人は士官の内ベッヒンジャルリと申すものにして、江戸の方を指差し早足に歩行、浦賀与力通詞等、差留め候えども聞入れず、その上子安村醤油渡世海保と申す方に立入り、その身所持の銀銭を差出し通用金と引替くれるよう手真似いたし立去らず罷在り候につき、壱分銀一つ見せ候ところ、理不尽に懐に入れ、それより六郷渡場へ罷越し、是非渡船差出候よう再応、仕方[手真似]いたし候えども、その以前に船残らず江戸の方へ岸へ払置き候ゆえ、致し方なく大師河原の方へ参り、大師堂に参詣いたし、塩浜羽田あたり立花家御固の様子一覧、六左衛門渡へ参り、またぞろ船差出し候ようにと仕方いたし候えども、取合わず候ところ、帯剣を抜き威し候てい致し候えども、差し構わず候ところ、漸く元の道へ戻り候内、森山栄之助追い駆けまいり候に行き会い、同人種々申しさとし、生麦村より船に乗せ元船へ送り遣わし候。」(町奉行支配組与力御用日記)

 

(了)