大江健三郎全小説全読書会より~『叫び声』

 1961年に出版された『何でも見てやろう』には、途上国の希望とその裏側の絶望を見る小田実の透徹した視線がそこかしこにあふれている。たとえば、ナセルの演説に駆けつけた聴衆たちの熱狂を記す次のような箇所。

 

「ナセル!」隣りの男が私の肩を叩き、またそう言った。私も同じコトバ―同じ魔法の一語で応じた。それで、私と彼との気持ちは通じ合ったとみてよろしい。いや、野外スタディアムを埋めつくした聴衆のすべてが、ただその一語のために、ここへ集まり、かくも熱狂的に拍手をし、歓呼の声をあげているのだろう。私はうらやましいと思った。「ナセル!」を批判することは、アラブ連合をけなし去ることは、むしろ容易であろう。しかし―たとえ「ナセル!」の語が民衆をたぶらかす魔法であろうと、無鉄砲な言い方をあえてすれば、それはとにかく「未来」というものに結びついている。それも大きく結びついている。講談社文庫版p.339)

 

 ここで唐突に現れる「未来」の語は、読者を何がしかの感傷に陥れる力を持っている。『何でも見てやろう』自体、「もっとも高度に発達した資本主義国、われわれの存亡がじかにそこに結びついている世界の二大強国の一つ」(p.9)であるアメリカに、「ひとつ、アメリカへ行ってやろう、と私は思った。」という有名な冒頭が示す計算された身軽さで乗り込むという、冷戦に規定された想像力の所産である。しかし冷戦期でもなお、いやだからこそいっそう、アラブ諸国やアジア・アフリカなど「第三世界」に、「未来」が想像的に託された時代もあったのだ。

 同種の想像力を、その希望と終焉を、われわれは大江健三郎の初期作品に読み取ることができる。(小田実にならって)無鉄砲な言い方をあえてすれば、大江健三郎の初期作品は日本文学の領土には属していない。それらは『失われた足跡』(1953)がそうであり、『百年の孤独』(1967)もまたそうであるように、「第三世界の文学」として書かれているのだ。このような視点から、『叫び声』(1963)を読んでいくことにしよう。

 

『叫び声』は、「恐怖の時代」における「叫び声」が、聞く者みなにそれが自分自身の声でなかったかと耳を疑わせる、という箴言で幕を開ける。しかし語り手「僕」によれば、目に見える恐怖のない現代においても、一部の者にとって事情は同じなのだ。

 

戦争も、洪水も、ペストも大地震も大火も、人間をみまっていない時、そのような安堵の時にも、確たる理由なく恐怖を感じながら生きる人間が、この地上のところどころにいる。かれらは沈黙して孤立しているが、やはり恐怖の時代においてとおなじく、ひとつの恐怖の叫び声をきくとその叫びを自分の声だったかと疑う。そしてそのような叫び声は恐怖に敏感なものの耳にはほとんどつねに聞こえつづけているのである。かなり以前のことだが、僕もまたその叫び声を聞く者のひとりだった。(『叫び声』講談社文芸文庫p.7、強調筆者)

 

 この冒頭部分からいくつかのことが読み取れる。第一に、語り手から見た世界は、表面上「恐怖の時代」ではないが、敏感な者には水面下の恐怖がたえず感じられるような、二層構造をなしているということ。これは「ゆたかな時代」のアメリカにおける物質的繁栄と核の恐怖、高度成長期の日本における経済成長と米軍の軍事力、など冷戦期を特徴づける二層構造と対応している。第二に、少数の「恐怖に敏感なもの」には叫び声が聞こえ、「僕」もある時期まではその少数者の集団に属していたこと。これは一種のエリーティズムであり、「僕」は語り手の立場を生かして自分たちを特権化している。

 以後、『叫び声』の前半は「僕」による若者四人の共同生活、「僕」が呼ぶ《黄金の青春の時》の回想という形をとって進められていく。叙述のそこかしこに、「『僕』を含めた敏感な少数」対「愚鈍なその他」という線引きが行われているのを読み取っておこう。まず「僕をふくめて三人の若い同居人」(p.8)と「若いアメリカ人」(同)の「共同生活」という表現。後に「その祖父がブルガリアから移住したスラヴ系のアメリカ人」「すべてソヴィエトに送りこまれる筈のアメリカ情報局要員にふさわしい風貌、骨格」(p.21)と東西冷戦を印象づけて描写され直すダリウス・セルベゾフは、当初「若いアメリカ人」と形容されて具体性を持たされていない。

 さらに、後にアメリカ黒人と日系移民の混血とわかる「虎」、朝鮮人父親と朝鮮名を持つ呉鷹男、人種的マイノリティーである二人からも当初固有性は剝奪されている。「とくにきわだった個性をもった人間だというのではなかった」(p.14)一般的な「日本人」である「僕」とふくめて「虎」と鷹男を「三人」と名ざし、セルベゾフと合わせて「僕のみならず、二人の日本人と若いアメリカ人」(p.9、強調筆者)と規定していることには、「僕」の演出の意図がうかがえる。オートバイに乗った若者の死をめぐる「僕ら」と社会の対立、すなわち血を流す若者に感情移入して「戦争からかえっていく四人組」(p.11)のように感じ若者が息を引き取ると「インディアンのように」跳び出していく「僕ら三人」と、血で車のシートが汚れるのを気にして「不法侵入で訴えてやる」(p.11)と叫ぶことしかしないベンツの男との対立も、「僕ら」の一体感を強調している。

 そして四人が遠洋航海する予定のヨットは「レ・ザミ(友人たち)号」と命名され、彼らはアフリカに出航することに決める(「象牙海岸黄金海岸ケープタウン!」p.65)。なぜ彼らはアフリカに行くのか?それは、アフリカが「虎」の想像上の故郷であると同時に、呉鷹男がたどりつきたかった「この世界とはちがう世界」(p.28)であり、「僕」が冷戦や梅毒を恐怖しなくてよい場所として造形されているからだ。アフリカは、次の挿話でのエジプトのように、そして小説前半における第三世界がそうであるように、「国外脱出の気分」を持つ者の想像力を受け止めてくれる「ノアの方舟」、「未来」が語られる場所だったのだ。

 

その冬、エジプトでは戦争がおこっていた。[…]ナセルは世界じゅうに義勇軍を要請した。僕の大学にも、エジプト行きの兵士が募集されているという噂がつたわり大騒ぎになった。僕がその噂を、共同の家に持ち帰ると、鷹男も虎もノアの方舟の噂をきいた獣たちみたいに昂奮した。翌日、[…]危険な嘘にすぎないことがわかった。そこで僕らは、僕の大学に流行の熱病のように、国外脱出の気分がみなぎっていることをあらためて知った。(p.126)

 

 しかし彼らのアフリカ行きは、セルベゾフが少年誘拐事件を起こして日本を去り、資金回収のため始めた中古ラジオ回収業も詐欺に遭い、夢の象徴である「レ・ザミ号」が「雨ざらしで汚れてしまってばかな物干台みたいなものに堕落」(p.122)することでどんどん現実味を喪失していく。現実への最後の抵抗が「虎」の企てた「銀行強盗」だった。アメリカ兵の外套とオモチャの自動小銃を身につけた「虎」は、アメリカの憲兵と日本の警官に発砲され横須賀で命を落とす。《黄金の青春の時》は終わったのだ、ただ「虎は、魔法の力で横須賀をアフリカの土地に変えたみたいだったんだよ」(p.133)という鷹男のロマンティックな美化を残して。鷹男の想像がどうあろうと、横須賀はアフリカではなく、冷戦戦略上必要な米軍基地も消えはしない。同時に、アフリカに想像的に「未来」を託すことのできた時代も、冷戦という現実に敗れ、終わったのだ。

 

 ここまで、《黄金の青春の時》の崩壊を政治という大状況と関連させて見てきた。次に、同じ主題を性という「個人的な問題」の角度から見てみよう。四人の共同生活は、ホモソーシャルな色彩に満ちている。「僕らの天井の高い洋室は鷹男と虎と僕自身の汗でいっぱいになった。それはやがて友人たち(レ・ザミ)号の匂いとなるだろう…」(p.32)。「友人たち」のホモソーシャルな場は、女性嫌悪によって成り立つ空間でもある。「僕」は娼婦との最初の性交がオブセッションとなり、自分の健康な体に梅毒の兆候を探し回っている。恋人とも性についての議論ばかりして性交渉はできず、「もともと自分にこの恋人をふくめてすべての女との性交をさけたいという欲求潜在的にあり[…]そこで恋人と議論だけに固執しているのではないか」(p.49)と自分で分析する通りだ。鷹男は毎日浴室で自慰にふける生活から、「虎」の恋人を譲り受けて同棲に切り替えようとするが、結局「部屋じゅうに屁と尿と屎とをしてまわったのさ」(p.56)と幼児期への退行を見せつける形で別れ、結局ホモソーシャルな共同生活と浴室に戻ってしまう。「虎」ですら、鷹男の恋人を引っかいた猫のロビンソンを「ロビンソン、おまえはひどく引っかいたなあ」と「裸の胸にだきしめて」(p.55)顕彰するありさまだ。有名な「女子大生の平均放屁回数は一日六個なんだよ」(p.61)という鷹男の台詞も、単なるユーモアでなく、「僕」に恋人と別れることを薦める文脈で発されていることにも注意されたい。

 ホモソーシャルな関係性は一般に、ホモセクシュアルを抑圧する。そしてホモセクシュアリティが表面に露出して止めようがなくなった時、ホモソーシャルな共同体は崩壊する。この図式に忠実に、「僕ら」が共同生活を営む《黄金の青春の時》は、セルベゾフのホモセクシュアリティによって崩壊してしまう。セルベゾフが少年を誘拐した事件について、「僕」・「虎」・鷹男はほとんどふれようとせず、セルベゾフの告白した朝鮮戦争で「朝鮮の若者」を銃殺してしまった逸話を事の遠因として(内心では信じないながらも)受け入れようとする。しかし週刊誌記者が後に暴露したように、「僕」の《黄金の青春の時》とは「男色家のアメリカ人が東京につくったホモ・セクシュアルのハレム!」(p.95)の別名だった可能性が強く示唆されている。

 そして「僕」は真相を知った恋人になかば押し切られて性交を行うが、その間の台詞がすべてカタカナで記述され異化されていることからもわかるように(p.103)、「僕」が他者に出会いコミュニケートする契機とはなっていない。同様のことは、自らの怪物性を証明するために、夢とも現実ともつかない認識で女子高生を殺害してしまう呉鷹男にも言え、犯罪を行う時の「こういうことは現実にはおこりえない。」(p.157)という彼の思索はゴシック体で記され不自然さを強調されている。死んだため理想化された「虎」はひとまず除くとしても、「僕」も鷹男も、彼らの「浴室」(それは自慰を行う場所である)から出て他者に出会うことができない人間なのだ。彼らの見た「アフリカ」が現実のアフリカではないように、彼らと暮らしていたホモソーシャルな「若いアメリカ人」も、ホモセクシュアルとしてのセルベゾフ個人ではなかった。《黄金の青春の時》は政治的にも性的にも、現実の固有性が露出することで喪失されたのだ。

 

 終章である五章は、いわば「終わりの終わり」を「僕」が体験する箇所になっている。事件から五年の歳月が過ぎ、「僕」も収監されている鷹男ももはや若くはなく、「友人たち(レ・ザミ)号のうしなわれた幻影が、僕らの共通の血」(p.175)だと認識して過去に生きている。そこにセルベゾフから、宛先に「虎」と呉鷹男と「僕」の名を連名で並べた、遅まきの手紙が届く。「友人たち(レ・ザミ号)の黄金の輝きにてらしだされたわれわれの青春の亡霊」(p.177)。手紙には、セルベゾフが日本を発った後「インドのニューデリイで英語教師をしたりベイルートで案内人の仕事をひきうけたりして」(p.178)暮らしていたが、結局今はパリで英語教師をしていることが書かれていた。これは、インドやベイルートなど第三世界に希望を仮託した想像力が、現実の資本主義に敗北し、セルベゾフ自体が西側の先進国に住み西側の主要言語たる英語を広める役割を引き受け、資本主義の尖兵(パリのアメリカ人!)になってしまったことを象徴している。「僕」はギリシアからイタリアへ、少し前に小田実が旅したのとは逆の経路で旅することにする。「僕」はギリシア人娼婦アルクメーヌと性交渉し、初めて他者と交流を持つことができた(この場面は、単語にイタリア語読みのルビ打ちではあるが、きわめて印象的に描かれている)。が、それも「in nessun luogo(どこにもない国)」という彼女が発した言葉の強さにかき消えてしまい、「僕」はまた思索に戻っていく。《黄金の青春の時》の喪失それ自体をシミュレートしながら、「僕」はパリでセルベゾフに会う。セルベゾフは肥り、「すでにまったく中年のアメリカ人の印象」(p.206)であり、「虎ちゃんも鷹男ちゃんも、ほんとうに可哀相にねえ」(同)のように、かつてとは言葉遣いまでホモセクシュアルふうに変わっている(とはいえ、これ以後の台詞はすべてフランス語で発されているから、最も変容したのは「僕」のセルベゾフ像だとも言える)。「僕」は、喪失と形容することもできない荒涼感の中、アルジェリアの反フランス闘争が単なるテロ行為と化し、セルベゾフがホモセクシュアリティをさらけ出して自分に求愛してくるのを聞いている…。

 

 1961年、小田実は次のように書いた。

 

「西洋」のなすがままに、しぼりつくされ、半殺しのめにあっていた「われわれ」被支配国、植民地国、後進国、そして貧困。そこで、おそらく、アジアは一つとなる。いや、私は「アジア」というコトバを思い浮かべるとき、必ずそのコトバに中近東はおろかアフリカさえもふくめてそうしているのだが、そこの一点において、アジアとアフリカはまさに一つになる。[…]

そして、腐敗と希望。

それが、その相反した二つのものが、私のエジプト滞在の一つの結論であった。(p.323)

 

 われわれは、この後の歴史を知っている。ベトナムが冷戦構造に組み込まれて長い戦争が起きたことも、小田自身がその戦争に関わって反対活動を行ったことも知っている。最後には資本主義が共産主義に「勝利」したことだって知っている。そしてグローバリズムがやってきて、どこかの思想家が「アジアは一つ」と理想論をぶつのとまったく別の意味で、アメリカもアジアもアフリカも一つにしてしまった。しかし。

 この時代には、冷戦の現実から外に向かうための「第三世界」という思考枠組みがあった。そして、その「腐敗」だけでなく「希望」を、「未来」を語る言説があった。その事実を、われわれは喜ぶべきだと思う。もちろん、「希望」は死に、「未来」は現実に塗り替えられる。しかしその時代の思考枠組みが、想像力が、何より「希望」の強さが生んだ「第三世界の文学」には、今でも魅力と可能性に満ちている。

 こうして、最後に「僕」が荒涼の中で上げる叫び声は、現代の読者の物でもあり続ける。